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早稲田佐賀中・高校に行ってみました。

2010年01月29日

 水匠(みしょう) at 22:38  | Comments(0) | 日記


皆さんこんばんは。
広告ブログに掲載してますが、全く広告する気のない店主です^^;
この件については、いずれお話しさせていただきますが
これで良いのです。編集長も了承済みですので。
 
 
さて、今日も店の話とは全く関係のない話です。
私の高校は唐津東高校と言って、今は移転していますが
唐津城の真下にありました。

今年の4月から早稲田佐賀中・高校になると言えば分かりやすいでしょうか。 
昨日は休みで、久々に実家に帰ったついでに娘を連れて
散歩がてら母校をのぞいてみました。



校門からの道が小豆色に塗り直してありますが
これは早稲田カラーだという意味でしょうか?
バックにそびえる唐津城が結構良い感じですね。
 


チョット左に目をずらせばグラウンドなのですが、
このグラウンドと校舎の境目は石垣で出来ています。
私は高校時代、サッカー部だったのですが、この石垣のおかげで
外れたシュートが跳ね返りとても重宝させていただきました^^
 
部室の裏手には西の浜があったので、夏休みの部活が終わると
皆で海にまっしぐらです。
 


さて、校舎はと言うとなんと冷暖房完備のようです。
さすが早稲田。私立と県立の違いをまざまざと見せつけられたようです。



冬場は北風が強く、窓ガラスがビシビシ言いましたが
冷暖房があるのなら問題ないですね。羨ましい限りです。
 
明日、受験生の下見があるそうですが
一つだけ気になったのが、ペンキの臭いです。
受験生は結構神経質になってると思いますので
このあたりは如何でしょう?気にならなければいいのですが
校舎の裏手のほうはちょっと気になりましたね。
 
ま、教室の中に入ってしまえば問題ないのかな?
受験生の人はそのあたりも見たほうがいいのかもしれませんよ。

ところで、春になると校舎の裏門が開放されて
唐津城で桜を見ながら昼飯を食べることができたのは良い思い出ですね。
 
何にしろ、受験生の人には頑張ってほしいものです。
そして、良い学校生活を送ってほしいと思います。
 
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男の生きざまとは

2010年01月26日

 水匠(みしょう) at 20:08  | Comments(2) | 日記
 
 
 我々の社訓

 
 
その人は、とても実直。

一切の妥協が無い。

優しく、温厚で、

でも負けず嫌い。

 

ある日、自分の父親の死を看取ったその人は、

その日も、喪服を着て仕事に来ていました。

 

自分の造る商品を食べに来てくれるお客さん。

笑顔で、喜んで食べるその姿を裏切れないと

悲しみの背中で、黙々と仕事をしていました。

 

黙々と、背中しか見せず。

 


人が生きる事。

仕事とは。

男の生き方とは・・・・。

 

その人の名前は北村好巳さん。

豆腐を造り続けて35年の生粋の職人。



仕事のスタイルもこの10年で様変わりし、

我々日本人の仕事への価値観も随分変わってしまいました。

 

そんな中、

激動の時代を乗り越え、

1つの事を、

何も変わらず貫き続けるその生き方。

誰よりも早く起き、

誰よりも遅く帰るその温かい男の背中に

私達は、多くのことを学ばされてきました。

 

男の仕事は歯を見せて笑いながらするもんじゃねぇ。

死んだ親父が言っていました。

 

ですが北村さんの笑顔は人と人をつなぐ架け橋。

職場の雰囲気に一番心血を注ぐ気遣いの為に・・・・。

 

60の声も聞く北村さんは、

誰よりもきついはずなのに、

辛い表情1つ見せません。

 

ただ、ひたすらに。

お客様の笑顔の為。

 

自分の仕事に誇りを持つ

孤高の職人だからこそ

自分にも、

そして自分が手塩にかけた作品にも

嘘は付かない。

 

我々、水匠の社員、また、その事業全てに関わる者全てが、

そんな背中を社訓としています。

 

何の言葉も無い、

でも、多くを語りかけるその背中に襟を正しながら。

 

ただ、当たり前に。

ただ、ひたすらに。

我々の為ではなく、

購入してくださる皆様の笑顔の為に。

 

古きよき職人の生き方とは

決して頑固で融通が利かない人間の事を

言うのではありません。

 

本物の職人の生き方とは・・・・。

本当はとても大きく、

そして、優しい生き方なのだと私達は本気で考えています。

  
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江戸時代の豆腐事情

2010年01月24日

 水匠(みしょう) at 21:11  | Comments(0) | 日記
 
 江戸時代の豆腐はスゴイ!!
 

今日は豆腐に付いてのウンチクです。

そもそも豆腐は豆が腐ると書きますが、何故か知ってますか?


私も最初は、納豆の方がむしろ豆腐という漢字に当てはまるだろうと
思ってましたが、どうも違うようです。そもそも豆腐は遣唐使の時代に
中国から日本に伝わったとされています。
そのため中国語の腐(ふわふわしたものという意味)をそのまま
使用して、豆腐になったようです。


そんな豆腐歴史の中でも、豆腐が一躍庶民に親しまれるようになったのは
江戸時代のことで、醒狂道人と言う人が天明2年(1782)、
江戸時代後期に書いた豆腐の料理本『豆腐百珍』が大ベストセラーに
なったのがきっかけだったのです。



もちろん、コピー機など無い時代です。
ベストセラーと言えど数は知れています。
でも、確実に庶民に広まり、定着していったようです。

ちなみに、豆腐百珍にはどんな事が書かれているのかといえば
名前の通り100品が解説されていて、面白いことに6段階に分類されています。
尋常品26品、通品10品、佳品20品、奇品19品、妙品18品、絶品7品

さっと目を通すと、物凄く面白い。
先ず、冒頭に誰もが知っている豆腐の田楽。
しかしそのすぐ後に、とんでもない品目が登場するのです。


  結び豆腐 です。  

 
『オイオイ』と突っ込みたくなるところをグッとこらえ
作り方の説明を読んでみます。

   ・

   ・

   ・

   ・

   ・

 豆腐を「結ぶ」   それだけ。
 
この後も、今流行のおぼろ豆腐や山椒を効かせた
小竹葉(おざさ)豆腐、果ては豆腐雑炊のようなうずめ飯まで合計100品。
正直、無理やり作った商品があるのも事実。でも、その発想力や
すばらしいと思う。限られた条件の中で如何にさまざまな表情を
見せることができるのか。私も見習わなければいけないと思う。
 
話は戻りますが以前中国の旅番組で結んだ豆腐が露天に売って
あるのを見た事があります。どうやって締めるのだろうか?
もちろん、今の豆腐でこんなことができるとは思えない。
でも、実際に中国や江戸時代の天明年間の豆腐では、このような料理が
作れたのである。
  
となると、どうしてここまで変わったのだろうか?
 

それは豆腐作りの職人達が、水脹れ豆腐の技術を磨いたから。
分かりやすく言うと同じ量の大豆で、如何に多くの豆腐を
作るかに努力が注がれたからです。大豆臭が薄く、柔らかくて
口当たりが良い豆腐が上品なものとされたのから。また、
生産者にとってもコストメリットがあるから、この流れは
現在の主流としてずっと続いています。
 
まあ、そういう流れで言うと、うちの豆腐は
時代に逆行しているということでしょう。
 
国産の大粒大豆にこだわり、如何に美味いとうふを作れるかだけの為に
全国各地から取り寄せ、朝から晩までそのことばっかり考える。
原材料費は輸入大豆の10倍以上。気に入らなければすぐ捨てる。
 
次回は、そんな水匠の豆腐職人のお話でもさせていただこうかと思ってます。
 
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日本で始めてナマコを食べた人へ・・・

2010年01月23日

 水匠(みしょう) at 22:12  | Comments(1) | 日記
 
 
日本人の食に対する貪欲さは、かなりのものです。

 
僕がなまこを人生で最初に見たときは
こんな生き物をよく食べる気になったなぁと
先人達の勇気に一目置いてしまいました。

そして、なまこの生態を聞くと
尚更そう思わずにはいられません・・・・

お正月にオセチ等で見かけるこのナマコ。
最も美味しい旬は冬になりますが、
なまこはとにかく冷たい水が大好きで
夏になると冬眠ではなく「夏眠」をします。
そして、水が冷たくなる11月ごろになって
にょこにょこと動き始めるのです。

しかし、どんなに動いてもナマコはやっぱりナマコ。
そんなに早くは動けません。
そんなナマコは魚に襲われると、
内臓をぶりぶりぶりと出して
その内臓を魚に食べさせる間に
逃げます・・・・。

つまりは「とかげ」と一緒だと言うことです。
この内臓の部分は「このわた」という珍味で
知られていますが、実はあの内臓は再生可能で
しばらくすると再生されます。。。(おえっ)

その話を聞いた時には
なまこを飼って、いつもびっくりさせてたら
半永久的に、高級珍味「このわた」が作れるぞ!!と
お金持ちへの野望を輝かせた事もありました(笑)

青なまこよりも赤なまこの方が身が柔らかく
味もいい為、11月の解禁と共に値が付く初値は
結構な金額です。

しかし、先人達が何故ナマコを食べる気になった
のか、それだけが分かりませんでした。
そこでいくつかの理由を、私なりに考えてみました。
 
①昔は、食糧危機がとても頻繁に起こり
飢饉や飢えがあのなまこを食べさせる要因に
なったのではないか。。。

人間、いざとなったら背に腹は変えられません。
食べ物を求めて海に飛び込んだ人たちが
何かの拍子につかみ、何はともあれ食ってみようと
したのではないでしょうか?

 
②冬の海には危険がいっぱいです。
皆様ご存知のふぐの肝にしてもしかりですが
日本人は、時に命を懸けておいしいものを求めます。
 
見るからにやばそうな ナマコ 
これはフグを食べてスリリングさを求めた先人達が
その一年の運試しの意味を含んで
ナマコを食べたのではないでしょうか?

まあ、そこでもし毒があったら・・・・・とんだ正月ですけれど・・

③オセチ作りに忙しい当時の主婦の皆様が
見た目は悪いけど、とりあえず食べれそうなナマコを
忙しさにかまけて
「とりあえず入れてみよう。もし悪くても
お父さんはお酒を飲んでいるから、大丈夫なのでは?」
と、勝手な解釈をして、オセチに入れたのが
始まりかもしれません。

 皆さんはどう思われますか?

知っている方がいらっしゃったら教えてくださいね。
九州のブログランキングへのお誘いがあったのではじめて見ました。
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ちなみに、当店のお節にはナマコは入っていません。。。。。。。  


このブログを読む全ての人に聞いてほしい話

2010年01月22日

 水匠(みしょう) at 21:04  | Comments(0) | 日記


 

 

「ゼニは一銭もいらん。

 

そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に

 

水銀母液ば飲んでもらおう。

 

上から順々に、四十二人死んでもらう。

 

奥さんがたにも飲んでもらう。

 

胎児性の生まれるように。

 

それでよか」
 

 

これは今から遡ること五十年前に、

水俣病の被害者、家族の思いを綴った

石牟礼道子さんの言葉です。

 

母なる海を

 〝死海〟にしてしまった

     戦後最大の公害、水俣病。

 

私にとっても、これを読む皆さんにも遠く無い場所での惨劇です。

 

いわれなき死に見舞われた人たち。

 

生まれながらに

有機水銀という〝毒〟にむしばまれた人たち。

 

誕生日が二回も三回も、また何回きても

這(は)うことも、しゃべることもできない子どもたち

 

母の目はじっとその子を見つめている。

 

人間であることを

生まれながらに

否定された子供達。

 

その責任を

その悲しみを

誰に求めたらいいのだろう

 

求めたところで

生まれ変わることは出来ず

過去に遡ることも

後悔することすら出来ない。

 

人は言う。 

 

かわいそうだね、と。

 

まるで他人事のように。

いつ自分が被害者に、

いや

加害者になるかもしれないのに

 

感情論だけで

学ぼうとはしない。

 


私は考える。

 


農薬まみれの野菜

インフルエンザにかかった鶏


 

そして、それらを体に悪いと分かっていても

むさぼり続ける私達。

 

50年後、

蓄積された毒で

蝕まれるのは

私達の子供の子供達。

 

私達がやるべきことは何か?

生きるとはどういうことか?

 

生きることに正解は無い。

しかし私達は

水俣病になった人たちから

学ばなければならない。

 

それは自分のためではない。

人生80年。

その後に続く未来の人々が

明るい時代を送ることが

出来るように。

 

それが私達の使命ではないだろうか。

  

 


『苦海浄土-わが水俣病』

 

この本で、石牟礼さんは

第1回大宅壮一賞の対象となったが

固辞している。

 

そして、記録ではなく

記憶に残る本として

今も読み続けられている。


だからこそ私は多くの人にこの話を伝えなければならない

そして、常に自分の信念に問いかけながら料理をしなければならない



  


肉じゃが、じゃがじゃが・・・・

2010年01月20日

 水匠(みしょう) at 20:21  | Comments(3) | 日記


『サルも木から落ちる』

日本人なら誰でも知ってることわざですが
 
今日はものの見事にやってしまいました。


振り返ること6時間前。
 
今日はまかない当番の為、皆に手料理を振舞いました。

しかも良い素材がたくさんあったので張り切って。


さあ、私は何を作ったのでしょう?

材料はこれ

 佐賀牛のサーロインの端っこ    1kg

  実家から送られてきた玉ねぎ   3個

   熊本県、阿蘇の有機人参    4本

    北海道のジャガイモ (中)  20個




そう、みなさんおなじみの肉じゃがを豪華版で

食べようと張り切っていました。





まず、鍋を温めて、表面が軽く焦げるくらい肉を炒める。

次に、料理酒   100cc

    赤ワイン  100cc

    ビール    500cc

    砂糖     大さじ5(75cc)

    薄口醤油   50cc

    濃口醤油   80cc

    かつおだし  150cc

を入れて、約40分間コトコト煮込む。

乱切りにした人参

丸く切ったジャガイモ

半分に切った玉ねぎを入れ

さらに40分煮込むと完成。


味は我ながら完璧。

出来上がった肉じゃがを自信満々に皆に見せます。



ですが程なく聞こえてきたのは


  『あーーーーーー!!!!』


という叫び声。




何がおきたのか分からない私は、近づいて尋ねます。


『え?何?どうしたの?』


すると、従業員がお皿に盛られた肉じゃがを指差し、
 
声にならない声で、

こう言ったのです。



『肉、肉、肉は有るけど・・・・・・・・

   ジャガイモが無い!!!!!』



『えーーーーーー!!!』



そんな馬鹿な、と思い皿に盛られたモノを見ます。



目の錯覚かと思いましたが、確かに有りません。

そして、気が動転しながらも作った手順を思い出します。


今日の昼前に確かに準備したジャガイモ。今日のブログで

書こうと思っていたので、わざわざ写真にも取っていました。

そう、これです 。このジャガイモです。


しかし、次の瞬間、見つけてしまったのです。

まな板の上に・・・・・・




『があああああん!!!』


せっかくなので並べましたよ・・・・・


かの日露戦争で活躍した東郷平八郎氏が

イギリス、ポーツマス留学時に食べていたビーフ

シチューを再現させるために、作ってもらったのが

始まりと言われている『肉じゃが』。


しかし、これは紛れも無い『肉にんじん』いや『肉たまねぎ』

略して『肉たま』ですね。


皆さんはこんな経験ありませんか?


 
  


焼酎フィルターなるもの

2010年01月19日

 水匠(みしょう) at 20:12  | Comments(0) | 日記
 
皆さんは、焼酎フィルターって言うのをご存知ですか?

 
 
先日、有田に器を観に行った時のことでした。
いつも一緒に窯元めぐりをしている
地元の陶器屋さんに連れられていった店に
焼酎が美味しくなる器があるというので見せて貰いました。
 
焼酎が美味しくなる器って、どんな物なんだろうと期待してみると
器ではなくコーヒーフィルター見たいな形をした物体で、
そのコーヒーフィルターみたいな物体に焼酎を通すことで
細胞が細かくなって、味がまろやかになるんだと言うのです。


 私は、そんなの絶対嘘だ。気分的なものじゃないの?


と思っていたので、笑いながら実際に焼酎を入れて飲みました。
すると・・・・・・・
 
   美味くなってるじゃありませんか!!
 
本当にびっくりしました。
と、同時に良くあんなものを考え付いたな、と思い聞いてみると
本来はコーヒーフィルターとして作っていた物だったそうです。
 
好奇心から、焼酎を通したらどうなるのか試したところ、
何故かわからないけど美味しくなってるような気がして
調べていたら、細胞レベルのところまで辿り着いたそうです。

 もし、これが欲しいという方はそんなに高いものではないので
見かけたら是非購入してみてください。お酒だけでなく、水を
通してもやはり味が滑らかになるみたいです。
 
 
それなら、盛り付けるだけで美味しくなる器とか、切るだけで
美味しくなる包丁なんかがあったら良いですね。
 
 

あ、ヤッパリダメだ。
 
ウチの仕事が無くなってしまうや・・・・・
  


心に問いかける話

2010年01月18日

 水匠(みしょう) at 20:58  | Comments(2) | 日記
それは釈迦が地獄を歩いている時のことだった。
地獄に落ちた人々が、釈迦に向かって口々に
「食べ物をくれ!」
と叫ぶ。

その言葉を聞いた釈迦は
皿の上に食べ物を山のように盛り
人々の前に置いてこう言ったという。


「食べても良いが、手掴みで食べてはいけない。

  この箸を使って食べるように」
 

そう言って釈迦が差し出した箸は
重くて長い箸だった。
人々は釈迦が歩み去るのを待ちかねて
箸に手を延ばし、
食べ物を口に入れようとした。
ところがあまりの箸の長さに
食べ物を掴んでも食べることは出来なかった。

ならば箸の先っぽに近いほうを持てばと試みたが、
今度は箸の重さで満足に操ることもできない。
結局、目の前に山のような御馳走があるのに
誰もその料理を口に入れることができないのである。

人々が泣き叫んでいると
ある一人の老人が何事かを思いついた。

箸で食べ物を掴んだら
自分ではなく
目の前の人の口に入れて見たらどうか・・・
と。

食べさせてもらった人はもっと食べたいから、
箸で食べ物を掴み自分の口ではなく、目の前の他人の口に入れる。
自分だけでは食べられなかった物が
人に食べさせることによって自分の口に入る。
人を思いやることが
結局は自分に戻ってくることにつながるのだ・・・・・・・・

昨日、風呂に浸かりながら、この本を読んでいた。
 
そして考えてみた。

極東の小さな島国に住む我々日本人。
四季に恵まれ、海に囲まれ
何不自由ない生活をしているにもかかわらず
巷には、今日も地獄さながらの批判や醜聞が
あふれている。

人は何かを手に入れるために
何かを捨てなければならないと言う。
金を手にするために
己の心を売り物にした大人たち。

求める過ぎるから
捨てなければならないものが増える。
釈迦の説法に出てくる地獄の住人達。
一度は地獄に落ちた者達に
求められたのは

ふと立ち止まって考えること

もう一度、外から自分を眺めてみたらどうだろうか・・・
  
タグ :佐賀水匠


食料自給率

2010年01月13日

 水匠(みしょう) at 21:52  | Comments(0) | 日記



皆さんはこのマークを見たことがありますか?
 
これはフードアクションニッポンという食糧自給率向上を目標に
農林水産省が発起して行われている活動です。

現在、カロリーベースの食料自給率が40%と言われる中で
この数字をもっと高めていこうとい運動がおきています。
当社もこの活動に参加していますが、日本全国いろんな企業が
いろんな目的で参加をしています。
 
ただし、私個人はこの活動で単に数字の向上を目的にしているわけではありません。
この運動を知った当初は、
『とても良いことじゃないか。日本人としてぜひ参加しよう。』
という感じでしかありませんでした。

しかし、この活動を通す中で、今現在の食料の流通や農作物の現状
なぜ食料自給率が現在の数字になったのか。
そして、それは本当にいけないことなのか?
そういうことを考えるようになりました。
そして、単に数字を向上させるだけを目的とするのではなく
最も大事なのは『考えること』なのではないかと思っています。
 
本当に食料自給率を高める必要はあるのか?
ということに気づかせてくれた本はこれです
「食糧危機」をあおってはいけない

この中のレビューにも書かれていますがこの本自体も賛否両論です。
そういうものも含め、実際に読んで、自分自身で考える。
でも、こういう検証もこれから先も死ぬまで食に携わる者としては
大切なことだと思っています。


しかしながら、調べれば調べるほど
国産の食材の素晴らしさを改めて思い知らされますね。

最近有名になった、青森の木村農園さんの奇跡のリンゴはもとより
地元佐賀でも、江北町の武富さんはスローフードアワードを受賞された世界的にも有名な方です。
そして、その技術をより多くの人に知ってもらおうと自ら発信されています。

こういう人たちを知ることができたのも、またこれから先
自分の大きな糧になるのではないかと思っています。





  


日本食の文化

2010年01月12日

 水匠(みしょう) at 20:53  | Comments(0) | 日記

 
私達が築きあげてきた文化の中でも、とりわけ日本食の文化

というのは随分古い歴史の中から成り立っています。


和食に代表される懐石料理が確立し始めたのが室町時代。

当時は、都のあった京都に若狭湾で取れたものを2日掛けて

運んだといわれています。今では考えられないことですが、

そこで工夫が生まれました。

時間がかかっても、食材が悪くならないように醤油に漬けてみたり、

味噌に漬けてみたり。事前に下ごしらえをした状態で運んだり・・・

冷蔵庫の無い当時のことですから保存方法にも一工夫ありました。

 
今の懐石料理や和食を敷居が高く、随分手間暇掛けて作ってあると

思ってらっしゃるでしょうが、面倒くさそうに見える和食も

元をたどれば、そうせざるをえない事情があったということです。



 今でこそ、取れたての秋刀魚を炭火で焼いてみたり、

新鮮な魚を刺身にしてみたり、一方では冷凍食品や出来合いの

お弁当なども増えて、わざわざ手を掛けなくても美味しいものが

随分多くなりました。

 これから先の50年。食の世界はどのように変化を続ける

のでしょうか?最近ではオーガニック食品や原産地呼称

制度も見直され、牛なども個体番号で生産者までわかるように

なりました。技術ももちろん進化するだろうから、そういう意味

ではもっと便利になっていくのでしょう。

  
 食料自給率の問題がクローズアップされています。
 
これは、水匠はもとより我が社としても取り組んでいる問題ですので

次回はこのことについて書いてみたいと思います。

 
  


美味しい水のハナシ

2010年01月11日

 水匠(みしょう) at 21:17  | Comments(0) | 豆腐のハナシ


豆腐と言えば水。

ましてや当店の名前にも由来する水の話です。

現在、うちの店にある水は4種類。


まず一番使うのが、炭フィルターを通した濾過水。
これは、お米を研いだり、生野菜のあく抜きに使ったり食材関係に使います。
また、野菜類は4℃の水でさらすと、非常にみずみずしく
パリッとした状態が保てます。

分かりやすい例を出すと、刺身についている大根のツマです。
4℃に冷やした濾過冷水機でアク抜きをすると3日間は品質にも影響がなく
むしろ甘ささえ感じますが、水道水でやるとカルキ臭が移り次の日には
使えません。

また、豆腐も冷水機で急速に冷やすことで
旨みを保ちます。



そして、電気分解をしたイオン水。写真が見辛いのですが
これは冷暗所に設置した、電気分解の機械で水を無味無臭の
いわゆる交じりっ気のない水にします。
これは、豆腐の機械を洗ったり、豆腐のアク抜きをするときの
継ぎ足し水として使います。

そして最も味に影響するのが汲み上げの地下水です。

汲み上げの地下水は、現在、大和町松梅にある
西川こんにゃく屋さん(http://www.nishikon.com/)の汲み上げ地下水を分けて頂いています。

以前は山に汲みに行っていました。
汲みに行くといっても仕事が終わってから行かなければならなかったので
夜10時ごろに太良岳の山頂付近にある水神様まで出かけていました。
場所をご存じの方はよくお分かりでしょうが
この時期の山は路面が凍っているだけならまだしも
雪に覆われていることもしばしばありました。
しかも、ガードレールがありません。

登り道は、地面が凍結していてもまだ何とかなります。
でも下りは300リットル以上の水を
普通乗用車に載せていたせいもあって、崖から転落しそうになりました。
なので、手に汗握りながら運転していたのを覚えています。

しかしながら、山の水があれほど旨いとは驚きでした。
もちろん、山で飲む水はロケーション的にもイメージした
だけで美味しそうですが、「水が甘い」と実感できますね。

せっかくなので日本の名水を調べてみました。
http://mizu.nies.go.jp/meisui/

一概に何処が美味しいとは言えませんが、私が行って
いたところは載っていませんでしたので、探せば他にも
隠れた名水があるはずです。
佐賀県内にも、さがせばもっといろんなところがあると思います。
もし、ご存知の方が居たらこっそりコメントにでも
書いて頂けると嬉しいです^^




  


湯豆腐の美味しい温度

2010年01月10日

 水匠(みしょう) at 22:33  | Comments(0) | 豆腐のハナシ
こんばんは

ブログに慣れず四苦八苦しながら日記を書いています。
さて、今日は先日の予告通り、湯豆腐の美味しい食べ方を皆さんに伝授します^^ 



さて、これは当店の湯豆腐ですが、鍋の中の具材をご覧ください。
入っているのは、豆腐、三つ葉、柚子の皮、昆布のみです。
以外に質素だなと思われるかもしれませんが、これが一番おいしい湯豆腐です。
国産の甘みのある大豆で作った豆冨でないと出せない味ですが
具材はシンプルに昆布を敷いて、豆腐を載せて、水を張って、
三つ葉と柚子の皮を放り込む。

そして、次に大事なのは温度。
出来るだけゆっくり温めて、温度でいえば65℃。
気の早い人はまだかまだかと逸る気持ちを押さえてください。
軽く湯気が出て、豆腐がゆらゆらしたのを目安にしてください。
写真くらいのとろとろ感が出たら最高です。

これからの季節は、湯豆腐に焼酎のお湯割りで一杯やるのもいいんじゃないでしょうか?

ところでなんで、65度かと言いいますと、厳密な話ではないのですが
たんぱく質が凝固してうまみが出てくる温度が65℃だというのに
関係しているんじゃないでしょうか。
私は、美味しい温度が65度だったので単にこの温度にしているのですが^^










  


豆腐に使う大豆のはなし

2010年01月08日

 水匠(みしょう) at 20:44  | Comments(2) | 豆腐のハナシ
 
 



みなさんこんにちは

 

今日は、よくお客様からご質問されるお豆冨についてです。

どんな大豆を使っているの?とよくご質問されますが

当店では、佐賀県産大豆の『フクユタカ』と

北海道産大豆『トヨマサリ』の2種類をベースに

今のシーズンは北海道産黒大豆『光黒』をいれています。

 

この3種類をお互いの長所を活かしあえるバランスで毎日

当店の豆冨職人が若干の変更を加えながらブレンドしています。

黒大豆を入れると、土台の味がどっしりして豆冨料理を作る

時にも、大豆の甘さが引き立つ豆冨料理に仕上がるんです。

 

今からの季節は、湯豆腐にしゃぶしゃぶ、すき焼きなど

お酒によく合う料理も増えますので特に甘みのある大豆がぴったりですね。 

 

それでは次回は、これからのシーズンには欠かせない

びっくりするくらい美味しい湯豆腐の食べ方を皆さんに伝授いたします。

 

乞うご期待ください^^




  


日本家屋

2010年01月06日

 水匠(みしょう) at 22:03  | Comments(1) | 日記
今日は寒いです。

特に、うちのような日本家屋は底冷えが身にしみますね。

 
これから数回は、自己紹介がてら

お店の話でもしていこうかと思っています。

少し書くつもりでも、いつの間にか長くなってしまうのが

欠点なので。すこーしずつお話していこうかと思ってます。
 
いつも、従業員からは話し出すと止まらないと言われます^^;

 
濃い話がお好みの方は、リクエストしてくださいね^^
 




 
当店は約100年前の日本家屋を店舗として活用していますので、

台風が来るとなると冷や冷やしてしまうのですが

その代わり、和の趣や風情あふれる

ノスタルジックな雰囲気が存分に楽しめます。

 

皆さんに、和の空間で思い出に残る食事を楽しんでいただきたい

と思い5年前にリニューアルして、さらに店内を温かみのある

雰囲気にしましたが、お客様にも非常に好評で嬉しい限りです。




最近では、新しい建物をちょっと古く見せたり

古い日本家屋を移築して店舗として活用する

お店が増えていますが、築100年以上の建物というのは

最近ではあまり見かけなくなりましたね。

 


これからも、この建物と一緒に皆様と

美味しい思い出作りができるように頑張って行きたいと思います。




  


はじめまして

2010年01月05日

 水匠(みしょう) at 22:14  | Comments(5) | お知らせ
みなさんはじめまして。
 
手作り豆冨と佐賀牛の店 水匠 を経営しています
 
オーナーシェフの川崎です。
 
 
  
このたび、佐賀ファンブログを始めることになりました。

 
私個人が飲食店、外食産業に携わるようになったきっかけや

 
これから先の夢や目標、また、同じ飲食店で頑張っている皆さんへのエールや


料理の裏話などを綴っていきたいと思います。

 

みなさん、どうぞよろしくお願いします。




お店のブログhttp://wakyo-japan.com/misyo/blog/もたまには覗いてやってください^^
 

 

 
  


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